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〜一時は輝けるも、華々しく散っていった戦友たちへの鎮魂歌〜
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大学を無事卒業し、新社会人として独り立ち。大学桶という非常に狭い世界から飛び出して、果たして独り立ちできるのであろうか。別にソリストの如く仁王立ちするわけではないが、帰ることの出来る所属桶を求めつつもフラフラとしたい年頃。要は疲れて一人気楽にやりたいのであるよ。桶と。
2001年5月12日
練馬文化センター大ホール
法政大学交響楽団
第105回定期演奏会 エキストラ
指揮:広井 隆
ブラームス : 大学祝典序曲/1st
ブラームスの大学祝典序曲、略して大祝。音高杉。もとい音高すぎて犬しか聞き取れないのでは、と思しき箇所がいくつかある。非常にアホっぽい曲なんである。でも最後のクライマックスは好き。意外や意外難曲なんです。ストバイにとっては。
ドビュッシー 小組曲(ビュッセル編曲)/(降り番)
ドビュッシーはめんどくさいので降り番にしてもらった。ぐふっ。
チャイコフスキー 交響曲第5番ホ短調
Op.64/1st
入団当時の春定の曲がこれ。チャイコフスキーの交響曲第5番は大学生時代に一度はやりたい曲の筆頭としてあげていた曲のひとつであるので、卒団間際からエキストラのクセしてめちゃくちゃ練習しまくった。でもやっぱり社会人ゆえ最後の追い込みが出来ず結構弓順間違ったり。大体隣に座った壊れた機械みたいなやつの弓順が紛らわしかった為である(人のせいにしてみる)。ヴァイオリンの後ろの方はOB/OGばっかりで同窓会みたいだった。どうだったんだろうこの演奏会の出来って。
総評:
意外と法政歴代ダメ指揮者上位ランクインしてるんじゃねーかと思う今日この頃。
2001年7月14日
世田谷区民会館
世田谷クラシカルプレーヤーズ
第5回演奏会
指揮:上杉裕之
ブラームス : 悲劇的序曲/1st
ヒゲジョ。悲劇的な演奏会の序曲。
今となってはどうもこうも無い旋律も、社会人1年目では上手くこなせない。
チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第1番/1st
フラットの数が多すぎるがゆえに、想像していた難易度とは大違いに。
もう一回ちゃんと練習してこの曲を弾きたいなぁ。テキトーに弾き流してしまったよ。
ブラームス : 交響曲第4番/1st
同じ曲を全曲通して2回目、というのはこれが初めて。最後の定演であれだけ練習しただけあって、よく弾けた。こういった過去の貯金を上手く使いつつ、新しい曲にどんどんめぐり合っていくことが出来れば、楽しい桶ライフが過ごせると思いまふ。
総評:
ヴァイオリンがそれぞれ1プルしかいない、なーんていうアマ桶の現実と戦い続ける桶がここ。ここのコンマスの西田さんとは深い付き合いはないもののこれからいろんなところで顔を合わせることに。
なんちゅーか人が少なくって、肩にズシリと重荷が乗っかったような桶で、しんどくなってこれっきりとなってしまった(朝しか練習がないのにも閉口したが)。
2001年11月11日
大田区民ホール アプリコ大ホール
法政大学交響楽団
第106回定期演奏会(エキストラ)
指揮:新通 英洋
ピアノ独奏:永岡 信幸
チャイコフスキー : スラヴ行進曲/2nd
スラブ行進曲は某先輩が学生時代にトラとして乗る際にはちゃめちゃ苦労していた曲。ゆえにセカンドにしてもらった覚えが。やはり法政桶はロシア熱血系統が合っているとついつい再認識したプログラムであった。或いは簡単で分かり易い曲。
ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 Op.73<皇帝>(降り番)
ベートーベンはそういう意味で求められているキャラクターがもっと上品であると学生も判っているからか、お上品に弾こうとしてしょぼく貧相に仕上がるというよくあるパターンに。結局弾き分けるなどと器用なことはせずに(出来ないのだから)、同じ熱血系で攻めたらもっと違った出来になっていたと思われ。それがはたしてベートーベンのピアコンで最も有名である「皇帝」に適した相応しい奏法であるかどうかは別として。
ドヴォルザーク : 交響曲第6番ニ長調 Op.60/2nd
ドヴォルザークに関しては、7〜9番はドヴォルザーク後期の名曲として取り上げられることも多いけれど、この6番は無名の名曲ともいうべき素晴らしい曲。
隣に座った1年生の女の子が異常に巧くて「うお」とか思っていたらいつの間にかOB桶でコンマスタッグを組む事になるとは思いもよらず。
総評:
いつもへんちくりんなプログラムばかり選曲会議に出す後輩が、学生最後の演奏会のメインプログラムとして満を持して用意した曲だけあって、最初はいつものごとくトラに駆り出され、適当にちゃらちゃら弾くはずがいつの間にかのめり込んでると言う有様。
しかしながら、つくづく最近考えているのが、何でこの桶はこういったイケイケドンドン系が得意でありながら、ちょっと複雑になるととたんに駄目になるのか。
結局、ココロとアタマの余裕が無いからではないか。
要は、アホなんである。と。アホなんで一生懸命なんである。
一生懸命になるからココロにもアタマにも余裕が無いのである。
物事を俯瞰的に眺めるという訓練が出来ていないのである、たぶん。
俺も含めて。
2001年12月23日
東京オペラシティコンサートホール「タケミツメモリアル」
第16回全日本大学オーケストラ大会(エキストラ)
法政大学交響楽団 団体演奏
指揮:福井功
ドヴォルザーク: 交響曲第6番より第3・4楽章
なぜ俺は社会人なのに桶大に出ているのだろうか。なーんて誰か気づいてくれないかな。これでもいっぱしの商社マンで、残業もしまくり労働基準法も違反しまくりなんですけどね。
4楽章で頭拍がずれる箇所で指揮と桶が合わない場面に出くわしたとき、未だに一部で有名な吐き台詞「先生そこ振らないでください」とのたまったコンマス。いや別に振っても振らなくても。
つぎから彼が桶大を振らなくなるのと関係があるのか無いのか、僕にはわかりません。
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