生い立ちの記
このサイトは細々ながらも長い月日をネット界のすみっこで過ごしてきた。
自らを取り巻く環境に応じて生業を、ロック啓蒙と位置づけたり、デスメタル保護活動を開始したり、単なる特定バンドのファインサイトと定義した時期もあれば、一部の人間のたまり場と化した時期もある。

そんな、数々の変遷を綴る生い立ちの記。

<第1次もりたつのおへや>
もともとこのサイトはHARD ROCKとHEVEAY METALを保護/啓蒙するためのサイトとして2000年1月1日にこの世に生を受けた。
制作当時インターネットが飛躍的に発展し始めた時期であり、個々人が己のホームページを持つべく雨後の竹の子の如くサイトを立ち上げた時期だった。
そんなブームに乗っかって、俺はまさに1999年から2000年へと移り変わろうというまたとない節目だってのにも関わらず、この筋金入りのロックのサイトを、紅白歌合戦を自室のテレビで見ながら作り上げた。未だに堀内孝雄が「ありがとぉー!!」と絶叫しながら「チャンピオン」を熱唱していたあの映像は忘れられない。

2000年1月1日に今はOCNに経営統合されたDREAM NETへ、記念すべき最初のマイホームページをアップロードした。ハンドルネームは"もりたつ"とした。

ブームがブームを加速させ、アクセス上昇にプライオリティが置かれ、あらゆるロック系サイトへ声を掛け、「相互リンク」を合い言葉に数々のサイトとコンタクトを持った。相互リンクの名のもとに他サイトにメッセージを書き残すためにネットサーフィン(死語か?)を繰り返し、見返りとしてアクセスしてもらう。今となっては馬鹿げた話も、かつてはそれがネットのスタンダードだった。コンテンツなんかそっちのけでコンタクトが重視された。
しかし、そんな時期は長くは続かない。
現在のように常時接続などほとんど普及しておらず、ましてやブロードバンドも無い時代、ネット接続料金(電話代含)はうなぎ登り。ネット徘徊するには睡眠時間を削って行われ、学生の身分には金と時間の掛かる作業となり、それは負担と変わっていった。
そして外向きの発信に身を削がれた俺は、もうひとつの趣味であるオーケストラを基調とした内向きのサイト運営へと転換を図ることとなった。

<第2次もりたつのお部屋>
転機を迎えた原因は上記だけではない。就職活動を控え、ネタ切れを起こしつつあったサイト運営に嫌気が差したこと、上っ面だけのカキコにほとほと疲れたことが挙げられる。要は心身の疲れを癒す、そんな場を渇望していたのかも知れない。

そういった条件下で俺が下した結論は、更新は管理人だけが行うものでなく皆で行うものとし、訪れた人々が共通の趣味・嗜好(オーケストラ)をもって交流が図れるサイト、
そう、掲示板サイトと化したのであった(極端だなーおい)。

掲示板サイトは楽だ。管理人はすることがない。たまにある落書きを削除すること、訪問者にレスをつけること、それくらいだ。

しかしこれもまた永くは続かない。それ以上の発展のしようがないからだ。そりゃぁ、まぁ、予測できた事ではあるがね。

<第3次もりたつのお部屋>
しばらくロックから離れることによって、またロックやメタルへの情熱が高まってくる。そしてまた、今までの反省点を踏まえ"コンテンツ重視"でサイト運営に臨むべく、自分の強みを生かせる分野で、かつニッチ市場狙い、つまり無名の外タレハードロックバンドのファンサイトとして、今までのコンテンツを残しつつ"ENUFF Z'NUFF"のサイトを立ち上げたのであった。

しかしながらこれは不発に終わる。ぽぽ〜ん。

今までのサイト運営から、初期<第1次もりたつのお部屋>の頃に連絡を取り合っていたネット仲間はすでに事切れており、<第2次もりたつのお部屋>での訪問者は、その多くが洋楽HR/HMのなんたるかを分かっていない(当たり前だ)。アクセスしてくる人々の多くが"Z'NUFFER"と呼ばれるコアなファン達で、彼らは元々生粋のENUFF Z'NUFF好き。啓蒙の必要性はココでは全くと言っていいほど無い。
僕がENUFFのファンだからと言っても、ENUFF Z'NUFFのオリジナルホームページにアクセスして情報を取ってくるとか、BBSでバンドのメンバーとコンタクト取るとか、そんな芸当は当然できない。だって英語分からなかったもん。大体大方スラングだし。
そんな中でも一部のこういったコアなファンは情報を取ってくる。結局は俺のサイトの情報も、その情報を転記するだけのサイトに成り下がってしまった、って事もある。そしてまた、優れた楽曲を持ちながら無名に終わってしまいそうな不幸な境遇に身を重ね、ファン同士で励まし慰め合っているうちに、どうもまた来ちまったみたいで。

<第4次もりたつのお部屋>
こうして消耗した俺は、更新をストップし、PCの故障をネタにネットから離れた。
しかしながら放って置いても掲示板だけは生き長らえた。既述した"更新は管理人だけが行うものでなく皆で行うもの"という特性だからかな。
そうして程なく大学を卒業し、社会人としてサラリーマン生活が始まった。
社会人は、その誰もが感じる如く時間に追われる生活が其の大半を占める。決してホームページ更新にいそいそと励むような状況でないことは確かであろう。
完全に更新をストップして、わずかな仲間内だけの掲示板サイトとしてだけでもずっと続けていこうとしたその矢先、事件が起こったのであった。しかしながらこれは自らの責任で招いたものではなく、不可避であったと言わざるを得ない(言い回しが長ったらしくなってきてしまって→昔なら「でもそれは俺のせいぢゃない」とかだけ書いてたろうに)。

なんと俺のホームページをアップロードしているDREAM NETがOCNへ経営統合されるにあたり、サーバーの統廃合によってURLが変更されることになったのだ。

さらに俺のPCが不調なまま、ようやくURL変更を通達できたのは移行1週間前、もはやDEAD ENDてなもんでして。

こうして一時期は1日に400〜500アクセスを誇った<もりたつのお部屋>も、OCNのNo.31サーバーのどこかに放置プレイと相成ったのであった。

<第5次モリタツノオヘヤ>
社会人になっても、大学のサークルから続いているヴァイオリン、そしてオーケストラは最早俺のライフワークといっても過言ではなくなってきた。そろそろ演奏記録も取り始めて置かねば"忘却の彼方"って事にもなりかねないし、好きなヴァイオリニストのデータベースなんかも作りたい、そうやっていく内に創作意欲が湧いてきて、でも今回はじっくり腰を据えてサイトを制作していこう、そう考えて2006年の正月休みを返上してあれこれとリニューアルに取り掛かった。今回はリターンとスペースキーだけで作られた今までのサイトからは180度転換して、シンプルを第一義に制作に当たった。
レンタルサーバーのロリポップにて独自のドメインhttp://www.moritatsu.comを取得してこの新生<モリタツノオヘヤ>の住処と定め、息の長いサイトとして、これからもちょこちょこと遊んでいく所存。2006年1月1日夜23時過ぎ時点で累計76,495人のアクセス数を誇るこのサイト、なかなかやめるわけにもいかないでしょ。

2006年1月3日朝6時過ぎ 管理人記す