指名手配ヴァイオリン奏者 O to U
OISTRAKH, David Feodorovich / ダヴィッド・オイストラフ

俺にとってリアルタイムで演奏を体験したかった演奏家は二人いる。
一人はハイフェッツ、そしてもう一人はこのオイストラフである。
朗々と歌いまくる部分もいわゆるラテン系バイオリニストにありがちな、元気と幸せ100%とは違った、憂いを含むと言えばよいのか、ノスタルジックというか、上手く表現出来ないけれども一種の物憂げな、そういったベクトルを感じる演奏家である。技術的なことに関しては最早「怪物」と表現するほか無い、第二次世界大戦を挟んだ時代ハイフェッツと双璧を成した大演奏家なんである。
彼の演奏するチャイコフスキーやシベリウスなんてそりゃあもう最高ですよ。
色々とCDレビューなどを読み解けば、数多くの録音はソビエト連邦の厳格な社会主義体制で抑圧された人々にとって唯一の娯楽であり、演奏会はそういった人々の有象無象の感情を開放する、娯楽という次元に留まらない意味合いが多分に含まれていたという。
現代人には、今の日本人には、全く想像もつかない状況下に生きる演奏家と聴き手の関係こそが、こういった大演奏家を生んだ背景なんではないかと思う今日この頃である。


PERLMAN, Itzhak / イツァーク・パールマン

僕のお気に入りのヴァイオリニストの一人。
オリジナリティ溢れる、という評価がクラシックというジャンルに生きる演奏家に対して褒めコトバなのかどうかは知らないが、その演奏を一度聴けば「あぁパールマンだ」と判る強力な個性を持つ。吸い付くようなスピカートや口笛を吹いているかのようなフラジオなど、聴いていて「あぁこういう音色もあるんだ」などと感激してしまう。
一般的な評価は脳天気などと揶揄される部分も無くはないが、幼少の頃に大病を患った影響の裏返しであると俺は思っている。決して音楽の中身が空っぽだとか、そんなことは決してない。アシュケナージと録音したブラームスのヴァイオリンソナタなど素晴らしい出来だと思う。いわゆる、ここでもっと来てほしい、とかここでもっと歌ってほしい等といった「痒い所に手が届く」ヴァイオリニストだと思う。


RABIN, Michael / マイケル・レビン

指名手配中。


REPIN, Vadim / ヴァディム・レーピン

演奏技術は全く完璧であり、かつ「俺様」的な演奏にかけては天下一品を誇る。悪く言ってしまえばエゴの塊というか、エゴ丸出しの演奏だけれども、逆に言えば男性的な演奏を繰り広げられる数少ないヴァイオリニスト。
ゲルギエフと録音したチャイコフスキーのコンチェルトなど、今までに無いほど完璧な仕上がり。ここまでやられればもうどうにでもしてくれて構わないとも思わせる


SCHNEIDERHAN, Wolfgang / ウォルフガング・シュナイダーハン

指名手配中。


SHAHAM, Gil / ギル・シャハム

俺は"Mr.Perfect"と勝手に名づけているが、まさに完璧そのもの。
あまり力まず全音域わたって柔らかくよく伸びる音。変にこねくり回さずいたってオーソドックスな解釈とあいまって全てにおいて模範ともいえる演奏が出来るヴァイオリニスト。
例えば「Schubert for two」でのアルペジオーネソナタやアヴェマリアなどあまりの仕上がりの完璧具合に圧倒されてしまう。
同様にコンチェルトでも安心して聴いていられる演奏家であるといえる。
いつぞや都響でブラームスのコンチェルトをやったときも、それはそれは素晴らしい出来であった。


SUK, Josef / ヨーゼフ・スーク

チェコの至宝といわれる。
おそらくオケ弾きであれば、彼の演奏に惹かれることは間違いない。
彼が録音したバッハの無伴奏ソナタとパルティータなど、星の数ほどある録音の中でも、俺はナンバーワンだと思う。曲の中に流れる旋律を重んじつつも節度ある歌い方でかつ伸びやかな音色、どんなときでも安定した純正な音程で最上級の中庸といった感じ。
こういったヴァイオリニストにはバッハやモーツァルト、ベートーベンがよく似合う。
俺にとって最高のお手本である。


SUWANAI, Akiko / 諏訪内晶子

そんなにビジュアルで売らなくても・・・と思うヴァイオリニスト。
確かに「生・諏訪内」はめちゃ綺麗。CDは聴いてもつまんないのだが。
何となく、どっちつかずの中途半端な演奏が多い。そこそこ上手いのだが、どうしたいのか分からないというか、エゴ丸出しで弾きまくったっていいのに、一歩引いちゃってみたりとか、お悩み中でしょうか。
読響バイト時代に、川越とサントリーでそれぞれ聞いているのだが、白眉の出来は川越でのシベリウスのコンチェルトであった。その時はあまり客も確か入っていなくて、がらがらだった様な気がしたが、その演奏の出来たるや完璧であった。惹きつけられる演奏というか、舞台裏から釘付けであった。それが1999年頃と記憶しているが、それからつまんなくなったなぁ、というのが俺の印象。



SZERYNG, Henryk / ヘンリク・シェリング

完璧な音感をもつ人だなぁと、いうことでCDを買い集めているヴァイオリニストの一人。ぴしっと一本筋の通った演奏スタイルであり、バッハやベートーベンといったまさにオーソドックスというか、変に穿った見方をすれば、大して技巧的な見せ場も無く聴いている方には眠たくなってしまうような、そんな曲でさえ輝かしく、美しく響かせる。
まさに見事というほか無い。
例えば俺はハイフェッツ、パールマンとかクレーメルといった個性豊かなヴァイオリニストも大好きだけれども、演奏家を聴くのではなく曲を聴くということであれば、前述のアーヨ、オイストラフ、スークや、このシェリングに代表されるような路線を好む。勿論ハイフェッツ等が意図的に個性的であろうとしている訳ではなく(したのかもしれないけれども)、演奏家は誰しも楽曲を各々ごく正しく表現しているに過ぎない。ただ演奏家のフィルターを通すと其々が個性的であり、シェリングのそれは俺にとって正統派であり王道なのである。



SZIGETI, Joseph / ヨーゼフ・シゲティ

指名手配中。